Mistery Circle

2017-07

《 君がいて、世界があるから。 》 - 2012.07.02 Mon

《 君がいて、世界があるから。 》

 著者:いつき






kimigaite.jpg






そこは、闇。
目を閉じれば、どこまでも広がるような。
目を閉じれば、何も聞こえない時間。
広い空に漂うような、夜の静寂―――。
夢を見よう。
そう、夢を――。

   *

寒い一日の終わりがやってくる。

布団にもぐりこんだ陽輝は、枕元に置いてある照明のリモコンを手に取った。
軽く指で押すと、ピッという短い電子音が鳴り終えるまでの瞬く間に光は消えて、部屋は暗くなる。

それなのに冬のつんと刺すような寒さはまだ体に付きまとっていた。
頭は半分眠いのに、まだ眠れないのは寒さのせいだった。
布団の中が温まるまで、とりとめもないことが頭の中をよぎる。

思い出したくもなかったのに、思い出してしまった。

誰かの名前が、口からこぼれてしまいそうになる。
そう――二学期の期末テスト。
一人机に向かいながら、真っ白なままの答案用紙を見ていた。
気になって隣から聞こえてくるシャープペンシルの音を聞きたくなかった。
気になって隣を覗き見ることもできない。
カンニングだなんて思われたくなかったし、隣に座る彼女の顔を――辛くて見られない。

鐘の音が終わりを告げても、陽輝にとってはやりきったという充実感も、達成感もなかった。
赤点まではいかないだろう。
けれど誇らしい答案用紙はきっと返ってこない。
終わってからそんなことに自己嫌悪して……でもそれを毎回繰り返すような、毎日。
だからと言って、三学期こそ想いを伝えるとか――そんな大それた決意を抱くこともない。
三学期になれば、席も変わる。
そうすれば、星野さくらのことは、きっと忘れられる――。
そう、思いたくても。
目の前に迫ったクリスマスを思うと、辛いのに考えてしまう。

街にあふれるイルミネーション……手をつないで歩くカップル……。
〝あの街のイルミを二人で見に行こう〟なんて、ロマンチックな約束もないし、手をつないでくれる相手もいない。
でも、同じ境遇の友達がいる。
それでも、クリスマスを乗り切れば、バレンタインまでの間に……そう思うやつもいて。
年明けにクラスメイトを集めるから、新年会に来いよ、そんな誘いが来た。
そういうところで、チャンスがあるかもしれない。

――12月ももうすぐ終わるんだ。

何となく、過ぎたことを思い返しては、ため息を繰り返す。
何度もため息をつくうちに、ゆるゆるとまどろみながら、胸の内で思いは巡る。
だんだん、暗闇に落ちていくように……。

〝そう……。学校とか、勉強とか。
面倒だけど、嫌いじゃない。
友達いるし。今は、彼女……いないけど。
 さくら――――……〟

意識を手放した陽輝の両手に、夢が下りてくる頃。
     
     
     
「雪が降ったらいいな」
    


涼やかな、少女のような声がした。
それも、一瞬聞こえただけ。
まだ自分は眠りきれてなかったのか?
陽輝はうっすらと目を開けたような感覚で、自分が闇の中に浮かんでいることに気が付いた。



「雪、降らないかなぁ」



こんな暗い所で?
陽輝は訝しげに目を凝らした。
暗くて、何も見えない。
声の主はどこにいるんだ?
水の中にいるよりも遠い感覚。闇そのものが肌にまとわりついているような。
冷たさも、息苦しさもない。
真っ暗な世界には上も下もない。
ここがどこなのかもわからないのに。



「ねぇ、きらきら降ってきて――」



――雪、……ゆき。



陽輝はまだぼんやりした頭で、思い出す。
白くて、ひらひらと降ってきて、すぐに消える。
そのくらいの言葉しか思いつかなかった。



「あっ……!」



少女の声に陽輝の目を見開いた。
落ちてきた白い粉雪が、線を描くようにして視界をかすめた。
ふわぁ……ふわぁ……とそれは踊るように降ってくる。
空と地上を分かつ地平線もないどこかから。



――そうだ、俺は夢を見てるんだ。
   それは忘れていたことを、思い出したような感覚だった。



「きれいね……。
雪が降ってきた。
でもね、もっと、もっと、本当はたくさんあるの。
優しくなりたい。強くなりたい。勇気がほしい……」



少女の声が、軽やかに、歌うように、一つ一つ数えていく。



「きらきらしたものが好きなの。
氷の欠片もきらきらしてるけど、冷たすぎるから……。
すぐ消えちゃうけど、雪が好きなの」



――儚い。



 その言葉が胸をよぎって、言った自分の胸が痛くしめつけられるような気がした。



――そんな、すぐに消えてしまう、気持ち……。



さっきまで嬉しそうだった少女の歌うような声も、いつの間にか寂しげに闇に消えて行った。



――優しくなりたい、勇気がほしい、強くなりたい……。
   



少女の歌声が、自分のほしいものを数えていた。


自分は? ――そう思った一瞬に心が幻に囚われた。
足元にはくしゃくしゃに丸めた答案用紙、贈れなかったプレゼント、使うはずだった参考書――。
床に転がるそんな色褪せたものを、陽輝は冷めた目で見降ろしていた。
こんな夢の中でまで、つまらない自分を見たくなかった。
ふっと幻が消えて、目の前にまた暗闇の世界が開けた。

望むものはどれも、まるで雪のようにすぐに消える。
勉強しようと思う気持ちより、新年会のことが気になったり。
片思いしてた女の子の隣には、いつの間にか手をつなぐ男がいたり。


雪にほしいものを重ねながら、いくつそれを数えても。
きっとすぐに消えてしまう。
そして残るのは、この暗い場所なのか――。



――そんな、希望もない人生なのか?



思い出した。
そうじゃない。
 片思いに終わった陽輝を慰めてくれた友達。
 新年会の誘い。
 今でも変わらない、毎日「おはよう」と声をかけてくれるさくらのやさしい笑顔。
ひとつひとつが思い出されては、次々と消えていった。



――そういうのも、あるんだよな。



「えっ……?」



女の子の驚いた声に、陽輝は満足げに上を見た。



――願えば雪が降ってきたんだから……。



「キラキラしてる……。何だろう!」



少女の声が大きくなった。
真っ暗なこの夢の世界に光が存在するのかわからなかった。
少女に言葉で説明するには言葉が多すぎて――陽輝はただ星を想像した。



「うわぁ……きれい!」



はらはらと降ってきた雪によく似た小さな光の欠片。
一つ、二つと数を増やして、いつの間にか空と地上の境界線もなかったこの世界を夜の空へ変えていった。



「これ、消えないんだね……」



彼女も夜空を見ているのだろうか、ため息交じりに嬉しそうな声がする。
どんな姿なんだろう。
どんなふうに、空を見ているんだろう。



「なぁ、名前は?」



 夢だとわかったから――こんなことを言ってみる。
 現実のクリスマスは一人でも、夢の中なら……そんなズルさも今なら許される気がした。



「うーん……わからないから、ユキでいいよ」



あっけらかんとした答えは、まるで夢とは思えなかった。
夢の中らしく、思い通りのかわいい名前が返ってくるものだと思っていたのに。
しかも、わからないから、ユキでいいよ。って。
 本当に自分のことを知らなくて、それもユキにはあまり関心がなさそうで。
少しだけ、儚さを感じた。本物の、雪のような。



「じゃあ、どんな姿なのかもわからないの?」



「そんなこと、ないよ」


 
ユキ――どんな人なんだろう。
 例えば、降りしきる白い雪にかすむベールの向こう、そこに佇む儚げな――そんな陽輝の妄想は目の前で始まった光の幻想の前に霧散する。

きらきらと、星が輝いては消える。
その鼓動のような光は、少しずつ速度をあげてゆっくりと瞬き始める。
いくつもの星が呼び合うように、たくさんの星が動き出す。
それは遠くから流星が走るような速さで、数多の星は一つの場所へ集い、おぼろな形が浮かび上がる。
星たちの放つ光が世界を真昼に変えたと思った時、まばゆい輝きから人の姿が現れた。



「ありがとう」



 涼やかな声の主――ユキが目の前にいた。
真冬に咲く白い花のような肌に、煌々と輝く月のような金色の短い髪。
 優しいまなざしが、ゆっくりとほほえんだ。
 見つめられるだけで、心がきゅっと音を立てるようだった。
 優しい笑顔、それだけで胸が痛くなるんだろうか?



 ――似てる。



 面影は、星野さくらにどことなく似ていた。
 入学式の時、校庭ですれ違ったあの時の少女。
 初めて胸が音を立てた、あの日の思い出の中の、少女に。



「ねぇ」



 両手に抱えた星くずを差し出して、ユキは笑った。



「ねぇ、星ってこんなにきれいなの。ずっと消えないの」



星よりも、目の前に現れたユキのその美しさに――……陽輝の心はただ……真っ白になって……。
目の前に現れた少女を見つめていた。
高鳴る鼓動を感じながら。



「わたしね、今まで雪を数えてたの。たくさん、いろんなことを願うの。でも、雪はすぐに消えちゃった……」



 だから、降ってきた雪の儚さが星のようにずっと消えないものであればいいのに。
 陽輝はそう思った。
 ここは夜の世界だから。
 ここでずっと、願うものを見つめて行けるように。



「わたし、ずっと笑顔でいたい。歌いたい、……見つめていたい」



「何を見つめていたいの?」



ユキの瞳に見つめられて。
視線をかわしながら、陽輝は息もできない。
……夢だから。そう、自分に言い聞かせた。



「キラキラしてる、きれいな星。――――それっ!」



 ユキの両手から、いっぱいの星くずが宙に舞いあがった。
 濃紺の深い夜に――小さな、小さな光の粒たちが、踊るように瞬く。



「それ、見つめていたいんじゃ……」



言ってから、陽輝はユキの答えに少し構えてしまった。
けれど、ユキは笑っていた。
陽輝を映す瞳は、とても嬉しそうに。
そして、空っぽになった手のひらを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。



「手のひらに閉じ込めなくても、いいの。だって、あなたのきれいな星は消えないから」



「……ユキ」



「ありがとう。あなたは私に星をくれた。だから――あなたへ」



「あっ……俺――」



陽輝は自分の名前を伝えようとして、言葉に詰まってしまった。
ユキのすっと伸びた白い指先が、陽輝の手を取った。
感触も、ぬくもりもないのに、触れられているような気になる。
それだけで、何も言えなくなる。
陽輝の手に握らされたのは、赤いリボンだった。
 


「ほら。あのすごくキラキラしてる星が、リボンに見えるから。きっと私のこと、覚えていてね」



 オリオン座は、天体に疎い陽輝でも見つけられる星座だった。
 無意識に星を思い出す時に、オリオン座のイメージが混ざっていたのだろう。
 ユキのまなざしは、穏やかな光を宿している。
 星くずを集めた宝玉のような、小さくて繊細な光。
光を湛えた瞳は、寂しさを少しも感じさせないほど、きれいだった。
 だからこそ、急にそんなことを言われると、胸の奥が疼く。
 


「なんだよ……コレ」



「あげる。私のこと、覚えていてほしいから。目印にどこかに着けてくれる?」
 


無邪気なユキの笑顔に、心をもてあそばれているような気さえしてしまう。
 胸の痛みを、からかっているのか。
それこそ忘れられないように首にでも着けてやろうかと思ったけど――それはちがう。
首輪じゃあるまいし、いくら夢だからって……夢から覚めても情けなく手自分を責めてしまいそうだった。
それにユキは、きれいな目をしているから。
赤いリボンは、そこよりも、もっと――。



「……右手、貸して」



「うん」



ユキの細い手首には体温が感じられない。
リボンを一度くぐらせて結び目を作っている感覚もないまま。
結い上げたリボンは手の甲より左に少しずれていた。
陽輝が直そうかと思う間もなく、雪は手を引っ込めてしまった。



「ねぇ、似合うかな?」



 ユキがはにかみながら小首をかしげて指先で耳に触れると、肩の辺りでリボンが揺れた。
 彼女の手首の微かな傾きが、陽輝の目に正面からリボンを映しだした。


 
「また、いつか会おうね」



 ――これは夢なのに。



「大切な夢を、叶えてね」



それって、何の――と問いかけたかった。
 その時アラームの音が頭の中を壊すように鳴り響いて、夢も、笑顔も、すべてが一瞬のうちに消え去った。

   *

 時計を見て――AM6:30――また一日が始まる。
 
「なんだか……変な夢だったな。自分で夢ってわかってるなんて……」
 駅に向かいながら、昨日の夢のことを考えていた。
 まるで現実のように、ユキと言葉を交わして、見つめ合った。
今でもユキを思い出せる、思い出す、彼女を――。
 とくん……と胸が鳴った。
 ユキは――夢で見た女の子。
 駅の中でも、似たような髪型の女の子は何人も見かけた。
 バイト先でも、それなりに見かけることもあるだろう。
でも、それはみんな違う。

 ユキとも違って、さくらとも違う。
 二人も、似ているけど、どこか違う。
 ただ、とても大好きだった。――今でも。

そんなことを朝からぼんやり考えながら、陽輝は教科書とノートを開いた。 
一時限目の数学の授業中、シャーペンでノートにラクガキした。
ノートに描くのがユキなら、今のさくらが見ても自分に似てる? なんて思わないだろう。
さくらは髪を伸ばして、授業中は一括りにしている。
いつか見かけた放課後のさくらは、束ねていた髪を下していた。道を歩くさくらの長い黒髪は、軽やかに風に揺れていた。

5分もして出来上がったユキの似顔絵は、夢で見た姿を思い出して描いたたつもりなのに、全然似てなくて笑えた。
 優しい笑顔とか、綺麗な瞳とか、あんなにはっきり覚えているのに。

そういえば、小さいころ好きだった女の子のこととか、十年後の自分が思い出す今の自分とか。
 この似てないラクガキみたいに、あやふやなものになっていくんだろうか。
 今は似てないラクガキを目にしただけで、ユキを思い出せる。
 でも、これから高校を卒業して、大学に行って、社会人になって――。
 たくさんの経験と、思い出と引き換えに、色んなことを忘れたり、失っていくんだろう。
 特別なことじゃないと思ってた。
 漠然とそれは当たり前のことで、それが大人になることの一つの意味だと思っていた。

 ただ、不思議な夢を見たことなんて、いつまで覚えていられるだろう。
 どうでもいいことなのに、初めてそんなことを疑問に思った。
  
 ただ、夢の中で見せてくれたユキの笑顔を、いつも笑顔でいてくれるさくらのことを、いつまで覚えていられるだろう。
  …………初めてそんな風に思った。

それから、ときどきユキをノートの隅に描くようになった。
 髪を伸ばしたら?
 帽子をかぶったら?
 毎日いろいろ想像しては似ない似顔絵ばかり描いていた。
描き続けた――。

   *

 卒業式の日も今日も、明るい日差しが降り注ぐ窓際の席から、校庭の桜を眺めた。
 空を見上げて――思い返す。
このクラスでみんなと同じ時間を過ごすのもあとわずか。
 そんなことを思いながら空を見上げれば、今は太陽がまぶしすぎてうっすらした月さえ見つけられない。
 休み時間の喧騒の中にいるはずなのに、自分の心だけはどこか遠くにあるようで。
 夜につながる……あの日の夢につながる何かを探していた。

それからノートに視線を戻すと、描きかけのユキの似顔絵があった、
 まだうっすらとした輪郭がある程度で、誰ともわからない描きかけの似顔絵。
 前髪は、確かやわらかそうな金色だった。
 風が吹けば、さらさらと揺れそうな軽い感じの。
 優しくて、穏やかなまなざしが好きだった。
ゆるく弧を描く髪は肩にも届かなくて、輪郭を縁取る髪の高さに、薄い唇があって……。

「ねぇ、陽輝くんって絵が好きなの?」
 絵を描いていて声をかけられることは、何度かあった。
けれど、その声に……陽輝は沈黙したまま手を止めた。
「最近、少しだけやってみようかな、って」
 悠輝はうつむいたままゆっくりと、声を押し出すようにして答えた。
目が合うといつも優しく微笑んでくれた、星野さくら。
入学式ですれ違ってから、ずっと気になっていたさくらと、二年生、三年生になった今日まで、同じ教室で学んできた。
けれど、陽輝はずっと思いを寄せていたさくらに、とうとう「好きです」と、言えなかった。
 二年生の秋のこと。
 廊下で三年生の先輩と肩を寄せて歩くさくらの――嬉しそうな表情を見てから……。

「最近、よく絵を描いてるよね」
 さくらの明るく、優しい雰囲気は、自分だけに向けられる優しさではなかった。
 特別な人に見せる表情は、あんなに眩しいんだ、と思いが届かないことを知った。
「まだ、うまく描けないんだ……」
さくらの視線を感じる。なんだか急に恥ずかしくなって、陽輝は慌ててノートを隠そうとした。けれど。
「そんなことないよ。だって陽輝くん、いつも同じ人を描いてるでしょ?」
「…………」
 うつむいていた陽輝は、少し顔を上げた。
「好きな人なのかなって」
「…………」
 まだ、さくらの顔を見られない自分がいる。
 そんな陽輝に、問いかけられた言葉に何も答えられない。
 ただ、さくらのことを忘れたい、そんな気持ちと。
 卒業したら離れてしまう寂しさ。
 ユキのこと。
 何ひとつ、うまく言葉にできなかった。
「変なこと訊いて、ごめんね。いつも楽しそうに描いてるみたいだったから」
 悠輝はようやくさくらの顔を見上げた。
「……ありがとう」
 たった一言、だったけれど。
 それだけは、伝えておきたかった。
「わたしこそ、ありがとう」
 何時もより思いを深くしたようなまなざしで、さくらがほほえんだ。
「え……?」
「二年生の頃は何を描いてるんだろうって、思ったくらいだったけど、陽輝くん、どんどんうまくなっていくから。
頑張れば、ちゃんと結果になるんだなって。思ったの」
「そんな……、大したものじゃないし」
「それでもいいと思うよ。まだまだ陽輝くんはうまくなれると思うから」
「……ありが、とう」
「――がんばってね」
 ほんのわずかな沈黙を残して。
 じゃあ、と手を振って離れていくさくらが残したその一言は、どこかで聞いたような愛おしさを帯びていた。
〝ありがとう〟そう言って笑ったユキに、少しだけ似ていた。
ノートの中には、いつも、いつも、似てないユキのラクガキばかり。
記憶の中に鮮明に焼き付いているあの日あった姿には程遠いのに。
もう一度、描きたい人の姿を見られたような気がして、陽輝は教室を出ていくさくらの背中を見つめていた。

   *

 それからも、僕は似てないラクガキを何度も描いた。
 あれから三年後――。
 僕はあの日のユキにもう一度再会した。
 その一枚の肖像画には、「あなたへ」そう名付けて。

   *

さぁ、今日も眠ろうか――。
ゆっくりと、目を閉じる。
肩も、背中も腰も痛い。
暮れの寒さに何度、手指をマッサージしただろう。
今は暖かい布団にくるまれて――あぁ、疲れに任せて眠ってしまおう。
体も、まぶたも重くなって、意識はどんどん遠くなっていく――。



「大切な夢を、叶えてね」
 
 

 すぅっと眠りに落ちていく時、懐かしい声を思い出した。
 今日、絵が――完成した。
 あの不思議な夢はそれきりで、あの日以来、ユキは夢に現れなかった。
ユキを忘れたくない――恋心かもしれない。
夢だけど。叶わなかった想いが見せた幻かもしれないけど。
とても綺麗で、純粋で、優しくて。ただそれを、覚えていたかった。
高校を卒業する直前、さくらが応援してくれた言葉も、胸に刻んでいたかった。
記憶が遠くなって、あれはいつかただの夢だった。
そういえば学生時代の思い出だった。
そうやって遠くなってしまう。
その時の気持ちを――そんな風に忘れたくなくて。
実在するはずもないユキを残しておくには、描くしかなかった。

ユキの笑顔は優しくて、綺麗だった。

そんな平坦な言葉では、誰も彼女を描けないから。
ずっと、追いかけてきた。
そして今の、絵描きを志す僕の始まりとなったのは、さくらであり――ユキだった。
すっかり疲れ切って眠っているのに、ふと昼寝から目を覚ますような感覚――久しぶりに夢の中で目覚めた。
ゆっくりと夢の中で、扉を思い描く。
重厚な金色の扉の奥には、闇の中から浮かび上がる濃紺の星空と――少し大人になったユキがいる。

今度は自分で夢の扉を開こう。
今度こそ、会いに行こう。
夢でもいい。

逢いたかった。
好きです。

そう伝えよう。
そして――。

がちり、と音を立てて錠は開いた。



あなたへ+完成版





《 君がいて、世界があるから。 了 》





【 あとがき 】
初めまして。いつきと申します。
物語を描くのが好きでしたが、いつの間にか物語のキャラクターを描くのも好きになりました。
今回は絵を先に描いたのですが、もともとMCさん向けのイラストでもなく、締め切りも近く……といろいろ考えていたらこの絵を軸に、何かできないかなぁと思い立ちました。

一年ほどまったく絵もお話も描けない状態だったので、絵を描けただけでもありがたい状態でした。
そんな中お話として構成するには時間が厳しすぎると思ったので、この絵に添える言葉を作れればいいなぁ、という程度でしたが、もともとこの絵に星空、リボン、「あなたへ」といったキーワードがあったので、それを繋げていくことでお話の方も形になりました。

締め切りが延長になるという奇跡がなければ間に合わないような遅筆ですが、今回はコンパクトにお話をまとめるという自分にとっても基本的な課題に挑戦できてよかったです。
何より締め切り直前に推敲を補佐してくれた相方に感謝です。ありがとう。


【 その他私信 】
事前にmixiで管理人さんにイラストを添えるのはいいでしょうか?などと伺ったところ、いつぞやの記事に「今回、新規に参加してくれる人がいるよぉ~。
なんか新ジャンル開拓っぽいので、みなさん期待しててねっ!」
という(恐らく私のことですよね?)フライングコメントを内藤さんに頂きまして(笑)

自分の想像より小説らしい形式で出せたので、新ジャンル開拓というには至らない感じですが、今後も機会があれば参加していきたいと思います。

みなさん、よろしくお願いします(*^▽^*)ゞ


.。:*・゚窓辺のミント゚・*:。. いつき

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